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【特別連載】科学技術と言葉 vol. 2 ~研究活動とプロジェクト~

はじめに

医薬品やその開発など創薬に関わる研究者たちはその多くの時間を実験に費やす。この事は、直接創薬に関わらない人々にとっても理解しやすいものだと思われる。しかし、これらの日々の活動を支えるものの一つは正確な言葉である、ということを理解してくれる人は、そう多くはない。

医薬品開発の研究や開発に30年近く関わってきた経験から、研究活動の始まりから、実施、検証、そして完結までの一連の作業と言葉との関わりについて何回かに分けて述べていきたいと思う。初回は、研究者としてのスタートについてお話しする。


プロジェクトの始動

前回(科学技術と言葉 vol. 1)は、研究者としてのトレーニング期間における言葉の果たす意味を述べた。今回は、その時期を終えて実際に研究者がプロジェクトを始動させるまでについて考えてみたい。

大学での研究も、企業での研究も目標を設定して何らかの成果を出す点では変わらないが、やはり研究の性質そのものは異なっていると思われる。
筆者自身は、どこかの時点でその研究成果が企業に利益をもたらすことが求められる製薬企業の研究所で研究を行っていたため、この立場から述べて行きたいと思う。


問題を立てること

一般に、研究とは、まだ解けていない謎を解明する為に日夜実験に没頭する姿を思い浮かべると思われる。しかし、研究の質の良し悪し、成否を分ける最も重要なことは、実際に手を動かす前の段階に存在する。それは、自分あるいは自分たちがどのような問題に興味を持ち、解決しようとしているのかを突き詰め、その問題を解決することによって、やや大げさに言えばどのように世界が変わるかを明確にし、さらにそれを言葉で目に見えるように表現することである。

日々のハードワークに埋もれてしまって、『あれ、何の為にこんなに働いているんだっけ?』という状況に陥ったときに再度原点に立ち戻る為に、さらには、あまりに仕事量の多さにどうにもならなくなったときに、『この仕事は、この問題解決のために役に立っているか?』と考え、不要な仕事を切り捨てるときにも欠かすことにできないものである。


プロジェクトの立案

製薬企業の場合の最終目標は製品として新薬を世に出すことにあり、その過程では、多くの全く専門分野の異なる人々が関与する。これらの分野において解決すべき問題や、その解決方法を十分に検討するには程度の差はあれ専門家が共同して行う必要がある。この場合でも重要になるのは、先ほど述べた、解くべき問題が明確に、かつ分かりやすい言葉で表現されていることである。誰しも、よく分からないものには真剣には協力しないものである。


立案の過程では、様々な観点からの批判、疑問、課題などが提出され、それらは最初にこの問題を立てた人間にとって耳の痛いことが多い。ついついこれらの指摘に対してむきになって反論したくなるものであるが、実際には、これらの指摘に対して十分な対応が練られていないような提案は、その後プロジェクトに起きる多くのハードルを乗り越えるのは難しい。異なるバックグラウンド、立場、スキルをもつ人々が、遠慮することなく意見を述べ合いながら、その議論が終了したときに気持ちよくある程度納得できる形に持っていけるように仕向けるリーダーがいるチームは、その後の様々な困難にも柔軟に対応できる場合が多かったように思われる。

立案過程では、ある程度の具体的な実施方法を考えていく必要もある。まだ何も具体的なことを行っていない段階では、全てを見通すことはできないし、仮にそれらを立案したとしても実際に実験を始めていくと予想外の結果によって、当初の目論見を大きく変更せざるを得なくなる場合が殆どである。とは言え、いつの時点で、どの程度まで達成するかというスケジュールをこの時点で設定し、その中で、自分たちが持っている技術や知見のうちで利用できそうなものは何か、研究を遂行する上で、まだ自分たちは持っていないが、必ず必要となるものは何か、そして、それはどうすれば入手できるのかなどについて十分に整理しておくのは必須である。新しい技術の入手には普通ある程度の時間が必要になり、必要になってから準備を開始したのでは間に合わないのが普通である為である。


決定者へのプレゼンテーション

この段階での最後のハードルは、ヒト・モノ・カネに関する決定権を持っている人、あるいはグループに対して行うプロジェクトのプレゼンテーションである。大体の場合、会社には遊んでいる社員はおらず、余っている予算もない。その状態で新しくプロジェクトを立ち上げることになれば、よほどの幸運がなければ、新たに外からこれらを獲得することは難しく、今動いている他のプロジェクトを中止、あるいは縮小してそこで浮いたものを持ってくるしかない。実際に動いているプロジェクトのメンバーたちにとっては、そのプロジェクトが問題を抱え危機的状況に陥っていることを自覚している場合ですら、その中止、あるいは縮小には難色を示すのが普通である。新たなプロジェクトの可否判断を行う人は様々な事情を把握しているだけにこのプレゼンテーションが十分に魅力的でなければなかなか採用はしてもらえないことになる。

この時に最も重要なことは、プレゼンテーションの資料の完成度でもなく、語り口のうまさでもない様に思う。
それは、今から行おうとしているプレゼンテーションに自分自身が本当に納得しているかどうかである。
元々誰もやったことのない新しいことを行おうとしているのだから、プレゼンテーションの中には、様々な仮説が含まれているし、どこに論理的に弱いと考えられる部分があるかについては自分自身が一番よく知っている。
それでも、これらの課題をどのように乗り越えるかについて、十分検討しそれを言葉で明確化し納得していることが重要である。又、どうしても運を天に任せて、やってみなければどう転ぶか分からない部分についても認識しておく必要がある。
これらの課題が克服できず失敗する可能性についても、成功して得られるものについて天秤にかけながら自分自身で納得できるまで検討しておけば、上司へのプレゼンテーションについては心配する必要がない(はずである)。

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中塚隆

中塚隆

理学博士 (株)川村インターナショナル スペシャリスト 東京大学化学科卒業。東京大学理学系大学院博士課程修了。(専門:有機合成化学) 大学院卒業後、大手食品会社の生物医学研究所に就職し、創薬を目的とした有機合成に携わる。 その後、免疫系をターゲットとした創薬研究のほか、FDA提出書類レビュー、GMPやGLP関連業務、マネジメント業務を担当した。 2015年に(株)川村インターナショナルスぺシャリストに就任。 医療/医薬分野の翻訳案件のレビューを担当するほか、社内の医薬翻訳関係者の人材育成にも力を入れている。なかでも毎週開催される勉強会は、文系出身のメンバーにも分かりやすいと評判の講義である。

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