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翻訳の目的による字幕翻訳の違い

翻訳の目的による字幕翻訳の違い

様々な動画配信サービスや動画共有サービスが普及している今日、自宅で映画やドラマを観る機会も増えた方も多いのではないでしょうか。みなさまは、字幕版と吹き替え版とどちらがお好みですか?字幕版と吹き替え版の翻訳は、同じ映像の翻訳でも異なることがあります。また、同じ字幕でも、劇場版とDVD版の翻訳も異なることがあります。このような違いはなぜ、どのようにして起こるのでしょうか。本記事では、こうした字幕翻訳の違いについて例を交えて紹介します。

目次[非表示]

  1. 1.翻訳における違い
  2. 2.字幕翻訳とは
  3. 3.訳語の選択
  4. 4.改行位置の選択
  5. 5.新たな視聴覚翻訳のあり方
  6. 6.まとめ
  7. 7.参考文献



翻訳における違い

翻訳物の制作の段階で重要となるのが「翻訳の目的」です。その翻訳の目的に応じて、各制作工程の担当者が「翻訳の方略や情報の選択」を決定します。例えば、翻訳には、字幕翻訳以外にも、IT文書やリーガル文書といった「情報型」、文芸翻訳などの「表現型」、広告などの「効力型」などのテクストタイプがあり、音声や映像とともにある字幕翻訳は「オーディオメディア型」というテクストタイプに分類されます(齊藤, 2015. p.124、篠原, 2016, p11)。何を伝えたいか(用途)、誰に伝えたいか(視聴者、読者、ターゲット)という翻訳をする目的に合わせて、それぞれのテクストタイプを選択したり、時には元となる映像自体にカットなどの編集を加えることもあります。テクストタイプに関わらず、より具体化された翻訳の目的があれば、より明確な翻訳の方向性を定めることができます。そういったそれぞれの目的とそれに基づく方略をもとに、最終的な翻訳が作られていきます。


字幕翻訳とは

字幕翻訳は、視聴覚翻訳の一つで、これには、吹き替えボイスオーバー*も含まれます(武田, 2015, p.82)。また、「映像翻訳」と呼ばれることもあります(篠原, 2016, p.27)。また、近年は、映画やドラマなどの字幕翻訳に限らず、eラーニングやセミナー映像、マーケティング映像など、ビジネス用の字幕翻訳も増加しています。

*ボイスオーバー:元の外国語の音声を小さな音で残し、別の言語の音声を重ねるという手法
参考:ボイスオーバーと吹き替えの違いは?ナレーションも含めてわかりやすく解説!

日本語への字幕翻訳の大きな特徴の一つに、1秒当たり4文字という字数制限が挙げられます。ビジネス用の字幕翻訳では、弊社では、1秒4文字を基本としながら、専門用語の指定や仕様に合わせて、対応しています。そして、1行当たりの文字数は最大13文字で、行数は2行までです。ビジネス用の動画では、弊社の場合、1行当たり最大20文字程度まで、行数は同じ2行としています。詳細はこちらの弊社ブログ記事「映像翻訳を徹底解説!映画とビジネス用動画の字幕翻訳の違いとは」にも記載しています。

また、オリジナル音声、音響、映像など、複数の情報が合わさる字幕翻訳は、「批判されやすい翻訳(vulnerable translation)」(篠原, 2016, p.20)と表現されることがあります。批判されやすい翻訳と言われる原因の一つには、先述の字数制限があります。他にも、オリジナル音声が英語である場合は、他の言語と比較して、ある程度、原文言語のままに理解できる視聴者が多いことから批判されやすい傾向にあります(篠原, 2016, p.110)。

このように、他の翻訳と比べて、字幕翻訳には字数や情報量というある種の制約がある(篠原, 2016, p.100)とも言えます。以下に、字幕翻訳制作における特徴的な選択の例を少し紹介します。



訳語の選択

訳語の選択はあらゆる翻訳で必要ではありますが、映像からわかる状況や声のトーンなどの視聴覚的情報を考慮する点が字幕翻訳の特徴です。例として、Weblio英語例文検索を参考に、原文「Thank you.」に対する日本語訳を下記の表のように2種類ずつ考えました。

「Thank you.」に対する日本語字幕の例

場面の状況

解釈
日本語字幕①
日本語字幕②

誰かに何かをしてもらった時の返答

感謝
ありがとう
恩に着る

皮肉に対する返答

皮肉
どうも
まあね

部下に頼んでいた仕事を手渡された時の返答

慰労
お疲れ様
ご苦労

どちらの日本語訳もあまり格好のいい訳とは言えないと思いますが、同じ場面、同じ解釈であっても、異なる印象を受ける表現ではないでしょうか。特に、②の例のような訳出が行われることは、明確な理由や方針がある場合に限られます。指針となる翻訳の目的や方向性と照らし合わせつつ、ストーリーや前後の文脈、視聴覚的情報を考慮し、どのように翻訳するのか訳出の選択が行われます。


改行位置の選択

文字数と同様に、改行位置の選択も字幕翻訳の特徴です。以下の例を見てみましょう。

・改行の有無による印象の違いの例
場面の状況:上長が会議室に入室した時の第一声
条件:原文英語の発話秒数は5秒程度

オリジナル英語音声
日本語字幕①(1行)
日本語字幕②(2行)

Good morning everyone.
Shall we start today’s meeting?

みなさん おはようございます 会議を始めます

みなさん おはようございます
会議を始めます

①の1行で表示される日本語字幕は、弊社のビジネス用の文字数制限はクリアしており、時間内に十分読める分量であると想定されます。しかし、②のように改行されている方がより読みやすく感じるのではないでしょうか。この改行位置の判断には、意味の区切りが重視されます。また、秒数や文字数といったルールとの兼ね合いで訳文の編集が行われることもあります。他にも、字幕翻訳には様々な工夫がされていますので、興味のある方は、弊社ブログ記事「字幕翻訳の4つのポイント」もご覧ください。

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新たな視聴覚翻訳のあり方

2010年の外国映画の上映数では、字幕版の方が吹き替え版よりも、多く制作されていました(篠原, 2012, p.209)。しかし、同年4月に公開されたミステリー映画『シャッターアイランド』では、「超日本語吹き替え版」というものが制作されました。これは、時事用語をまとめている「情報・知識&オピニオン imidas (2011)」によると、「従来の日本語吹き替えにありがちだった字幕とのずれや、翻訳調の言い回しを避け、違和感のない日本語にすることを重視して制作」された新しい試みの吹き替え版でした。この超日本語吹き替え版の制作は、10代の若い世代が洋画を字幕で見る人が少なかったり、字幕が早くて読み切れないという意見があったという経緯がありました。(東洋経済オンライン,大阪,2010)しかし今、動画配信サービス等のように再生速度や停止を視聴者が自由に制御できるという視聴環境の変化もあり、文字数制限の妥当性や慣習化されているあり方などが見直されていくのかもしれません。


まとめ

本記事では、字幕翻訳の違いの理由とその原因の一例について紹介しました。まとめると①翻訳の目的が重要であるということ、②翻訳制作の過程で、様々な方略や情報の選択が行われているということ、③現在、字幕翻訳には特有の制約もあるが、既存のあり方にとどまらず、これからも発展していく可能性があるということ。上記の3点が本記事を通して、筆者がもっともお伝えしたかったことです。


参考文献

  1.   大坂直樹(2010年4月20日).「“超日本語吹き替え版”が登場、洋画離れに歯止めをかけるか」『東洋経済オンライン』 https://toyokeizai.net/articles/-/4143
  2.   斎藤美野(2015).「翻訳のテクストタイプ」鳥飼久美子編著『よくわかる翻訳通訳学』[第3版]ミネルヴァ書房. 124-125
  3.    篠原有子.(2012).「映画字幕は視聴者の期待にどう応えるか」『通訳翻訳研究』12, 209-228. http://jaits.jpn.org/home/kaishi2012/13_shinohara.pdf
  4.   篠原有子.(2016).『日本映画の英語字幕における標準化―制作プロセスの観点から』[博士学位申請論文, 立教大学大学院]. 立教大学学術リポジトリ. https://rikkyo.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=15013&item_no=1&page_id=13&block_id=49
  5.  集英社・凸版印刷(2011年2月).「超日本語吹き替え版」『情報・知識&オピニオン imidas』最終閲覧日2022年6月24日, https://imidas.jp/ryuko/detail/N-101-1064.html
  6.  武田珂代子(2015).「視聴覚翻訳」鳥飼久美子編著『よくわかる翻訳通訳学』[第3版]ミネルヴァ書房. 82-83


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川村インターナショナルWebマーケティングチームです。開催予定セミナーやイベントの告知、ブログ運営などを担当しています。

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