UI翻訳におけるポイントを解説!タグとのあくなき戦い
UI翻訳におけるポイントを解説!タグとのあくなき戦い

筆者は普段、ITシステムのユーザーインターフェイス(UI)テキストを英語から日本語に翻訳しています。(UIとは、アプリケーションシステムの画面に表示されるボタンや見出しなどの項目のことで、システムをローカライズする際にはこのテキストを訳す必要があります。)日々、UI翻訳に従事する中で、特に注意が必要な要素のひとつが「タグ」です。この記事では、その悩ましいタグがいったいどのようなもので、どのような注意が必要なのかについて、ご紹介してみたいと思います。
では、「タグ」とはどのようなものでしょうか。それにはまず、「CATツール」についてご説明する必要があります。「CAT」とはComputer Assisted Translationの略で、日本語では「翻訳支援ツール」と呼ばれます。その名のとおり、翻訳をさまざまな機能で支援するソフトウェアツールのことで、Trados、MemoQ、XTMなどがよく知られています。
CATツールでは、翻訳対象のファイルを読み込み、翻訳元言語と翻訳先言語を対にした「バイリンガルファイル」という形式に変換します。このバイリンガルファイルを機能豊富なエディタで翻訳することで、時間や手間を削減しながら、品質の向上も図ることができます。

さて、CATツールのメリットとして、さまざまな形式のファイルをそのまま取り込んでバイリンガルファイルに変換できることが挙げられます。Microsoft WordやPowerPointをはじめ、HTMLやXML、システム開発で使用される特殊なファイル形式にも対応しています。
※サポートされるファイル形式は、CATツールによって異なります。
こうしたファイルは、シンプルなテキストファイルと異なり、翻訳対象となる文章以外にもさまざまな情報を含んでいます。例えば、文字を太字や斜体にする文字装飾情報、ハイパーリンクや画像の情報、さらに、特にUI翻訳で多用される「変数」の情報などです(後ほど詳しくご説明します)。こうした情報は誤って変更されるのを防ぐため、バイリンガルファイルへの変換時に、翻訳の対象外となる特定のフォーマットに置き換えられます。この変更できない要素のことを、「タグ」と呼んでいます。


※CATツールでのタグ(画像内の数字)の表示イメージです
タグがどのように表示・処理されるかはCATツールによって異なりますが、インターネットやアプリケーションシステムを対象とした動的なコンテンツの翻訳では、翻訳環境を問わず、また、人手翻訳・機械翻訳のいずれを選択するかに関係なく、このようなタグは不可欠な存在となっています。
具体的な例を見ていきましょう。以下は、あるCATツールで翻訳しているUIテキストの原文を模したものです。中括弧{}で囲まれた数字の部分がタグに当たります。タグは、それぞれを区別するために、このように連番で示されることも多いです。
| Click {1}here{2} to check the {3}edited document{4}. This page contains {5} sections. |
ただ、これだけでは、情報として不十分です。正しく翻訳するには、各タグの中身が何であるか、つまり、最終的に翻訳された文章の読み手にどのように見えるか、という情報が提供されていることが理想的です。たとえば、以下のような説明があると便利です。(CATツールのエディタでは、タグの中身や詳細を表示できる機能がある場合もあれば、原文の作成者から翻訳対象テキストに関する補足情報がコメント機能で提供されることもあります。)
| {1}: <a href=”https://test.kwmr.io/doc?id=...” {2}: </a> {3}: <bold> {4}: </bold> |
| {1}: The number of sections contained in the page. |
これで、hereを囲む{1}と{2}は、ハイパーリンクを設定するHTML要素の<a href></a>であり、edited documentを囲む{3}と{4}は、文字を太字にする<bold></bold>要素であることがわかります。このように、文字に書式を設定するタグは、開始タグと終了タグのペアになっていることが多いです。
では、単独で使用されている{1}は何でしょう。これは「変数」や「プレースホルダ」などと呼ばれるもので、実際にシステムで表示される際には、状況に応じた数値やテキストが挿入されます。上記の説明(「The number of sections contained in the page.」)は何が挿入されるかを示しており、これによると、ページに含まれるセクションの数が{1}に挿入されます。変数は、こうしたデータの件数のほかにも、システムを使用しているユーザーの名前や、処理中の書類の番号、日時など、非常に幅広い情報を扱います。
これで、タグの中身がわかりました。このような情報があると、安心して翻訳することができるので、とても助かります。実際、ほとんどのプロジェクトでは上記のような情報が提供されていると思います。
CATツール上では翻訳後は下記のような表示がされます。


今回の例であれば、最終的に日本語の画面では以下のような文章が表示されることになります。
| 編集後の文書をチェックするには、こちらをクリックします。 このページには3つのセクションがあります。 |
問題なさそうに見えますが……、和訳では、{1} のような変数タグの取り扱いは要注意です。上記のように翻訳した場合、{1} に挿入される数字のバリエーションが1~9なら問題ありませんが、10以上も対象となったらどうでしょうか。「このページには10つのセクションがあります。」は、不自然な日本語ですね。正解は1つではありませんが、以下のような訳文が考えられます。
| このページには{1}個のセクションがあります。 このページには{1}件のセクションがあります。 |
少し話は逸れますが、和訳では単位の翻訳も実は厄介な問題の1つです。以下のような原文の場合、どちらが正しいでしょうか?最終的にはクライアントの意向に沿って翻訳することになりますが、一例として、筆者が担当しているプロジェクトでは b) が推奨されています。

| a) この通知は{1}ユーザーに送信されます。 b) この通知は{1}人のユーザーに送信されます。 |
翻訳者としては正直、a) の方が楽だな……と思ったり思わなかったり……。日本語は助数詞(数量を表す接尾辞)の種類が非常に多い言語である一方、英語をはじめとして助数詞が存在しない言語も多くあります。
※東アジア、東南アジアの言語など、助数詞が存在する言語もあります。また、英語でも “a cup of ~” や “a piece of ~” など助数詞に類似する表現が存在します。
「何を数えるかによって言葉が変わる」というのは、日本語の面白さを感じられる個人的には大好きな特徴ですが、いざ翻訳するとなると迷うケースは少なくありません。日本語としての自然さを追求するには助数詞がほしいところですが、翻訳の効率を優先する場合や原文にない要素を足すことを避ける場合には、a) が推奨されることもあります。
変数タグで表されるテキストには、さまざまな情報があります。筆者がよく遭遇するのは以下のようなパターンです。

| {1}: ID of the user who changed the status. {2}: Status label (e.g., “In progress”, “Completed”) |

| {1}: Date on the report was sent. {2}: Time at the report was sent. |
上記のような説明が提供されていれば問題なく翻訳できるのですが、十分な情報がない場合には、前後のコンテキストや、利用できる場合はスクリーンショットなどからベストゲス(Best Guess)で翻訳することになります。
ここでは、説明を参考に、こう訳してみました。


最終的に表示されるテキストは、例えば以下のようになります。
| KI01がステータスを”進行中”に変更しました。 レポートは 2025/08/05 13:00に送信されました。 |
最近は、よりダイナミックにタグが使われている原文も見かけるようになりました。UI翻訳でよくあるのは、ほかの個所で翻訳したテキストがタグで引用されるケースです。たとえば、この2つのテキストをステータスラベル(ステータス=項目などの状況を示すラベル)として以下のように翻訳したとします。
| Changed Deleted |
| 変更済み 削除済み |
そして別の個所に以下のような原文が出てきて、タグ {1} は上記のステータスラベルのいずれかに置換されるとします。

英語だと “As the document was Changed, a notification will be sent soon.” となるので問題なさそうですが、日本語ではどのように翻訳するのが正解でしょうか。

こうしたいのは山々ですが……、変数が出力されると「ドキュメントが変更済みされたため」などとなってしまうので、日本語としては残念ながら不自然です。一例として以下のように工夫することができます。

このように、翻訳元言語と翻訳先言語の文法的な違いによって、変数タグは一筋縄ではいかないことも少なくありません。
近年は、読者の皆さんが日常的に目にするコンテンツにも、タグなどを使って動的に生成されたテキストが増えていると考えられます。なんだか不自然だな…と感じる日本語を見かけたら、この記事を思い出していただけると、いち翻訳者として嬉しく思います。
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