医療医薬翻訳事情

 

医療費とその効果について考える

 2010年に公表されたOECDの報告に、国民一人当たりの医療費と、平均寿命との関係を示したグラフがある。

このグラフから、一人当たりの医療費が3000ドル程度までは医療費が高額であるほど、平均寿命が長いという傾向が見られる。また、それ以上は医療費の増加と寿命の長さにあまり相関がないことも読み取れる。

多くの国で医療費の増加圧力が国家の財政を圧迫し始めており、日本においても、医療費の増加に税収や医療保険料の増収が追いつかないことが大きな問題になっていることを考えると、医療費の増加を抑制しながら、国民の健康を維持することは大きな課題と考えられる。

特に、現在製薬会社が取り組んでいる医薬品ターゲットの多くは、抗がん剤や、免疫系に作用するものであり、治療法がないか、効果が限られている疾患に対するものが多く、開発に成功すれば、これまで治療できずにいた患者さんに対する福音をもたらす可能性の大きなものである。

しかし、これらの医薬品候補は開発や、生産コストなどが高額になることから、今までの高血圧の薬などのような低分子医薬品と呼ばれるものよりもはるかに高い薬剤費となることが見込まれる。(最近、高額の薬剤費が問題になり、その薬価が大幅に引き下げられたオプジーボがその代表といえる。)

その結果、さらに医療費の増加に拍車をかけることは間違いなく、このままの状況が続けば、現行の医療保険制度が破綻する可能性も考えられる。

このような状況の中で注目されているのが英国の医療保障制度である。

英国では、NICEと呼ばれる機関が、公的医療機関での使用を推奨する医薬品を決定する権限を持つ。推奨されない医薬品を使用した場合には、その費用が償還されないことから実質的にはその医薬品へのアクセスは制限されることになる。

この制度の特徴的なことは、推奨するか否かの基準が薬の有効性のみでなく、投薬の結果得られる生活の質とその費用とのバランスを考慮している点にある。従来薬と比較して新薬の服用によって完全な健康状態で1年間余命が伸びる場合を1単位とし、この1単位当たりのコスト増が、2-3万ポンド(300万円~450万円程度)以内であることを推奨の基準としている。

見方を変えれば、仮に有効性が非常に高くても、1年間の薬価がこの設定以上であれば公的機関での使用が推奨されないことになる。この制度が、英国での医療費の抑制をもたらした反面、英国の製薬業界団体の意見に代表されるように、この基準の導入により抗がん剤の使用が使用されにくくなり、英国ではがん患者の生存期間はヨーロッパ全体の平均を下回る結果をもたらした、という負の面もある。

一人の患者の命を救う為に高額な費用を使うか、あるいは、治療効果があり、費用も安く済む多くの患者の治療の費用に使うか、さらに枠を広げて、健康的に生活する為のよりよい社会環境を作り出す為の投資費用にまわすか、などを天秤にかけ決めていくという非常に困難な課題に対処する必要がでてくるだろう。

その上、新しいメカニズムの医薬品の研究・開発は、関連分野の発展をもたらすのはもとより、その国の科学・技術のレベルを向上させる可能性があり、単に財政上の問題ではないという側面も考慮しなければならない。

いかなる方策をとるにしても直接の当事者である患者及びその家族などの関係者や、その費用を負担する納税者、医療関係者、そして医薬品開発業界の全てを満足させる方法を策定、実施することは不可能である。

しかしながら、何もしないで放置することは許されない。何らかの手を打ち、この新たな施策によって問題が引き起こされた場合にも、その効果と負担、光と影の部分について十分検証し対応する勇気を持ちたいものだと考える。

中塚 隆 理学博士
(株)川村インターナショナル スペシャリスト

東京大学化学科卒業。東京大学理学系大学院博士課程修了。(専門:有機合成化学)
大学院卒業後、大手食品会社の生物医学研究所に就職し、創薬を目的とした有機合成に携わる。
その後、免疫系をターゲットとした創薬研究のほか、FDA提出書類レビュー、GMPやGLP関連業務、マネジメント業務を担当した。
2015年に(株)川村インターナショナルスぺシャリストに就任。


医療/医薬分野の翻訳案件のレビューを担当するほか、社内の医薬翻訳関係者の人材育成にも力を入れている。なかでも毎週開催される勉強会は、文系出身のメンバーにも分かりやすいと評判の講義である。


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